お客様の心を掴む力がすば抜けている緑川社長の成功ヒストリー(前半)

お客様の心を掴む力がすば抜けている緑川社長の成功ヒストリー(前半)
TMサロン

開催日:2020/11/27

緑川社長:今はようやく社長になってよかったなと思いますが、それまでは波乱万丈な人生で、独立しても波乱万丈でした。

みなさんにアドバイスするとすれば、自分の独立の経験から独立したいと思うならすごく稼げるサラリーマンになった方がいいと思います。

なぜか?

実は、創業して間もない頃、その時のメンバーに裏切られて会社が潰れそうになったことがあるんです。会社は順調で、2年目くらいからは上場する準備を始め、3年目には上場申請の直前までいきましたが、そのタイミングでその時の役員に裏切られたんです。

社員も売上も(お客様も)もっていかれてしまいました。毎月2000万や3000万の利益が出ていたのが、単月で5000万のマイナスの状態にまでなりました。

毎月のように5000万円出ていくというキャッシュフローは相当キツイものがあり、そこから頑張って売上を戻そうと思いましたが、どう頑張っても1年で単月マイナス5000万を取り戻すのは難しく、会社は何度か潰れそうになりましたね。

この時のことを「エージェントゲートショック」と自分で呼んでいて、このショックを乗り越えて今は普通の生活に戻ることができたので良かったですが、こういう事例もあって最初から独立するのは人それぞれとは言いつつもあまりおすすめはしません。僕の経験を聞いた上でも独立したいと思う人は、しっかり考えて独立することをおすすめします。

 

緑川:私が起業するに至った経緯はずっと遡ると工業高校時代になります。

高校時代、学校が終わるとすぐにアルバイト(すかいらーくのキッチン)へ向かっていたのですが、当時私は誰よりも稼ぎたいと思っていて、絶対に仕事で誰よりも成果を残したい!という気持ちでした。

大学も出ていない、勉強が得意ではない、器用でなはない…

そんな僕は、体を張ってどれだけ成果を残せるか、労働時間で体に覚えさせる!ということを決め、昼の3時4時に入って通常は22時終わりなところを私の場合は、社員にタイムカードを借りて深夜までやっていたんです。

なぜタイムカードを貸してもらえたかというと、交渉です。自分の給料15%を渡して残りの75%をもらうと言う交渉をして昼夜働きました。

なおかつ高校は休まないと決めていたので皆勤賞で、さらに生徒会の副会長もやっていたんです。功労賞をもらえるはずが、「君はすぐに帰るからあげない」と言われてもらえなかったという思い出もあります。

皆勤賞も生徒会の副会長も通じるものがあるかもしれませんが、とにかく仕事においてもNo.1を目指さないとダメな気質で、これまでに転職した会社では全てNo.1を取っていました。

 

緑川:今の僕があるのは光通信という当時ゴリゴリの営業会社のおかげです。

テレアポとか取れなかったら竹刀でやられるような今じゃ考えられないゴリゴリ具合。1日アポ取れなかったら、分厚いブラウン管のディスプレイをそのまま投げられたりとか…それが当たり前でしたね、

もともと家電製品とか電気製品がパソコンとか好きだった僕は、ヒカリ通信が携帯電話の販売を家電量販店でやるという募集があったので、ワクワクした気持ちで受けたんですが、「君、法人営業できそうだからそっちでいい?」と言われてわからないまま法人営業部へ行きました。

当時、ドメインを売るという事業を日本で初めて法人営業で立ち上げたのがヒカリ通信で、レンタルサーバーを販売したりしていました。

例えば、一番有名なところでいうと高島屋のHPのtakashimaya.co.joは僕が法人営業で売ったんですが、営業トークで「今ドメインを取らないと、エロサイトに取られてしまったら…」とか言ってましたね。

 

 

入社のきっかけを教えてもらっていいですか?

 

緑川:レンタルサーバーやドメインなどわからない中で、池袋で研修がありました。

研修場所のエレベーターに上がっていくごとに体育会系のいかつい声がして、やばい会社だなぁ、間違ったかなぁと思いました。

そこから地獄の始まりですよね。

当時、日本で最年少上場と言われたクレイフィッシュの社長の松嶋さんがヒットメールを開発して、その研修を受けに行くというものでした。

そんなこんなで光通信でレンタルサーバーを売る仕事をして2年弱しましたが、研修を受けたにもかかわらず最初は2か月くらいレンタルサーバーを売れなかったんです。

どうすれば売れるようになるかをずっと考えて思いついたのが一番売ってる人に弟子入りすることでした。一軍のずば抜けている人に毎日「教えて下さい!」と言っていたんですが、そこで「俺はお金を稼ぐために来ているのに、なんで教えなければいけないんだ。教えるということは時間を無駄にすることだ」と言われたんです。とは言いつつも、自分は結果を出したいと思っていたので、1か月毎日「教えてください!あなたのために一生懸命頑張る」と土下座までしたこともあります。

1か月後。

「わかった、教えてやる。=プライベートの時間一分一秒もないからな。その代わりNo.1にさせてやる。この場から俺の家で泊まり込みだ、来い」

先輩の家に泊まり込んで24時間365日毎日一緒にいました。これが僕の法人営業でキャリアを積むきっかけとなります。

その日から挨拶、声出し、「声を出せない=お客様に言葉が伝わらない」「電話でボソボソ話してもアポ取れない」ということを教えてもらいました。

すごかったのが、夜中の12時電柱に向かって声出し1時間の修行。

先輩はというと、「俺は部屋にいて、飯を食べてお風呂に入る、寝る準備をする。1時間後帰ってこい」という仕打ちです。

警察に職質されたこともあります。修行と伝えると、それからは警察にまた修行やってるやつと思われてましたね。

そのあとは先輩がお客様、私が営業のロールプレイングでした。

夜中の1時くらいに帰って、毎日3時や4時までロープレ。

理不尽な先輩だったけど、テクニックではなく、毎日一緒に24時間365日過ごしていると、その人の会話の間・ワーニング・感覚などをつかむことを先輩は教えたかったようです。

先輩になぜあんな教え方をしたのかということを聞いたことがありました。

「仕事なんて教えたってしょうがない。俺をコピーしたら確実に売れるのは当たり前。お客様を説得させて、どのようにして自分の武器を引き出したらお客様がどういう回答をするのか考えてキャッチボールすることが大事。コピーしたら売れると思ったから一緒に過ごした」

先輩と24時間365日過ごしたことによって、その人の考え方とか話し方とか、「間」とかを覚えることができたんです。すると、2か月目から先輩を超えるような数字を出すことになりました。私はパソコンの知識もあったしITへの興味もあったので、先輩とは違うテクニック営業で一人勝ちでした。

それから、先輩を幹部へ押し上げて2人タッグで上り詰めたことがヒカリ通信の法人営業での成果と結果を出すきっかけとなりました。

僕がそこで学んだのは、どのようにすればお客様に響くのか、心を引き出せるのかといったことが大事だということです。ものを売るにはお客様の課題、いわゆるソリューションをいかに聞いてあげて、それに対していかに適切な言葉で返してあげられるかが重要で、そのために「これが必要なんです」と言うと、お客様って迷わず買うんですよね。

そういう話法や技法を手に入れているので、僕は何を言われてもものは売れると思っています。

布団でも殺虫剤でも売れますよ。コンビニでアルバイトしたら、日本で一番チロルチョコ売る人になれる自信もあります。

お客様のニーズやお客様が困っていることなど課題を解決してあげてものを売るという考え方を法人営業部で学びました。

 

 

緑川:ゆくゆくはその先輩のご縁でセプテーニにも行くことになります。

会社を辞めようした時、

先輩:「辞める前に面接受けろ」

僕:「でも、先輩がいると絶対入れるじゃないですか。僕めっちゃ売りますよ」

先輩:「確かに絶対売れると思うんだけど、その前にハードルがある。さすがにこの俺でも高卒っていうところがダメ大思う。うち大卒しか取らないから、まずそこが第一ハードル。でも、とりあえず俺のコネがあるから面接には来い」と言われて行きました。

面接で役員の方から「君はヒカリ通信にいたと思うんだけど、うちはヒカリ通信のように売ったら売りっぱなしじゃなくて、お客様を大切にするようなものを販売している。インターネット広告の代理店だから、一回の販売ではなくてお客様を長く継続させて、満足してもらうものを提案をしているビジネスだけど、そういう営業をしたことがある?」

当然そんな経験もありません。さらに、

「君、大学出てないよね。うちの会社は基本大学出てないと入社できないんだよね。」

最後には、

「君、ビジネス書籍とか読んだことある?」

「ないです。読む本はジャンプくらいです」

これで面接も落ちたなと思いました。先輩にも落ちたと伝えたら、2日後くらいにインターネット広告を売る分厚いメディアガイドが送られてきて「これを1週間くらいで全部覚えろ」と言われて驚きましたが、全部は無理でもある程度はインプットしました。3日後くらいに先輩から「最終面接までこぎつけたから来い」ということで行くと、元リクルートでセプテーニを創業した関西出身の社長が面接をしてくれました。

「なかなかいい根性しているらしいな。うちの会社に来たいのか?」

「根性だけはあると思います。ご縁があれば是非入りたいです。」

「年収なんぼや?」

その当時21歳くらいでヒカリ通信では年収1000万を超えていた僕は、それを伝えると驚かれました。それくらいもらえたら嬉しかったですが、高卒ということで新卒と同じ22万の給料で…と打診されました。

ヒカリ通信の時とは全然違いますが、そこは割り切って「僕、ゴリゴリやるんで、そしたらしっかり評価してください」とお願いし、新卒メンバーと一緒に入社を果たしました。

入社は新卒と一緒にと言われましたが、僕のプライドで3/31入社にしてもらいました。

入社式から1か月後くらいに、全社で前年度の年間MVPの表彰式があった時、

最初に面接した役員に「来年あそこの表彰式に立つのは俺です。そしたら土下座してもらっていいですか?」と宣戦布告。そしたら「お前があそこに立てるんだったら土下座でもなんでもしてやる」と言われました。

そこからまた会社からほぼ帰らないくらいひたすらやりました。

その翌年には圧倒的ぶっちぎりで僕が年間MVPになって、その時の役員の方を土下座させたんです。ただ、15億もやって給料は250万…社内の規定があるとかで上がりませんでした。

しかも営業利益率だってダントツ一位でインターネット広告の通常では考えられない40%とかの利益率でした。7億円とか利益を稼いでるのに給料は上がらなかったので、お金じゃなく、インターネットの第二創業期のこの時代を過ごした方が自分のためになると思って前向きに、とにかくひたすら邁進することだけを考えてましたね。

CONTACT US

TMカレッジに関するお問い合わせは
下記よりご連絡ください

  • TMカレッジ LINE公式アカウント
  • TMカレッジ 公式Instagram